10 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. // 12

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
trackback: -- | comment: --

485系の写真館 

つい一週間前、非常に大きな地震が東北地方を襲いました。
私に出来る事は被災した方々の健康や、安全をただただ祈るばかりです。

さて、地震が発生してから更新を休止していましたが、本日より更新を再開いたします。


このページでは私の撮影した481・485・489系と、
京キトの各編成の特徴などを一気にご紹介します(多分←

撮影した写真をほとんど載せているので、ページが重いです(汗)

※編成図は記憶や写真、ネットで調べたものなので、間違ってるかも・・・orz
※昔撮影した写真もあるので、ひどいものもあると思います・・・。

ページ作成:11/03/18
最終更新日:11/08/17




485系特急形交直流電車

いきなり長い文章を書きます。
写真が見たい方は下のほうへ一気にスクロールするのをおすすめします。

485系列と呼ばれる特急電車は、交直流60Hz対応車、481系よりスタートしました。
151系の面影を残すその華麗なボンネットスタイル、キノコ型クーラーは、
その当時、151系が人気だったことに由来します。

この電車の登場と同時に、1964年12月25日、2羽の鳥が北陸路に羽ばたきました。
それが、「雷鳥」と「しらさぎ」の2列車だったのです。

かくして、この2列車より始まった大特急網は、飛躍的な進化を遂げていくのです。

当初、東海道新幹線開業と同時の10月1日より運行を開始する予定でしたが、
車両の落成が遅れたため、10月1日から12月24日までは運休という形になりました。

このサロ組み込みの481系11連は、向日町運転所に41両が配置され、
2編成で雷鳥、しらさぎの2列車を担当していましたが、後に
九州方面特急の、「つばめ」、「はと」等にも進出し、
向日町には56両の481系が増備されました。
同時にこの増備車よりスカートの配色変更や、ヒゲが追加されました。

その後、483系といわれる交流50Hz電源対応車が登場し、
東北特急にも485系列による特急列車が誕生しました。
この483系電車は、モハユニットのみで、付随車は481系とされました。

1968年には、直流電源、交流50hz/60hzの3電源に対応した485系が登場。
その翌年には、キハ80系で運行していた「はくたか」を長岡経由にしたうえ、
481系化し、ついに上野駅に481系が顔を出すことになりました。
また、この頃からは大阪、新潟間に臨時列車の特急「北越」が走ることになり、
この列車が後の「新潟雷鳥」と呼ばれる列車のルーツとなりました。
北越の運行開始と共に、向日町には35両の485系が増備されることに。
この増備によって、向日町運転区の485系列は、山陽特急の「みどり」や、
「うずしお」の一部にも充当されることとなりました。

ちなみに、はくたかの運転初日には、運行の途中駅である柏崎駅で
発車式典がおこなわれました。途中駅での式典開催は大変珍しく、
北陸、信越本線の電化が地元にとって期待されていたことが伺えます。

1970年には、向日町運転区に増備の遅れていた485系11連が配置され、
特急北越は定期列車となりました。また、雷鳥も1往復追加されています。

1971年、485系列に新たな仲間として、横川・軽井沢間の通称「碓氷峠」
通過用に、489系が新たに向日町運転区に22両が新造配置されました。
この新造された489系は、夏期の臨時雷鳥51号で初デビューを飾りました。
山陽方面の特急にも充当され、「しおじ」や「みどり」などの運用もこなしました。

そして、1972年、ついに489系初の定期特急である「白山」が登場。
向日町運転区には、489系が総勢60にもなり、485系は177両の配置となりました。
白山は、他の所属485系とは違い、12連での運用だったため、
11連の485系とは運用が区別されました。
なお、雷鳥の一部には、489系を使用した列車もありました。
同年10月の改正では、いままでキハ80系で運転されていた「白鳥」が、
9月30日から485系の13連で運航を開始し、青森運転所に初めて485系が配置されました。
また、この列車が誕生したことにより、直流・交流50/60Hzの
3電源全ての区間を直通する列車が誕生しました。

この頃より、485系列の新たな顔として、貫通扉を備えた200番台が登場。
200番台増備車は、その後青森運転区のクハ481-100番台とトレード、
貫通スタイルの北陸方面登場は少し後の12月からとなりました。

1973年には、向日町運転区に485系336両、489系88両と、
合計424両もの数になってしまったため、数回に分けて金沢運転所へ
転属させることとなりました。10月までに全ての転属が終わり、
増備車含め102両の数となり、受け持つ列車数も増えていく事となりました。

翌年の1974年、200番台前全車が出揃ったため、貫通扉を廃止した300番台が登場。
更には、その300番台をベースとした北海道仕様の485系1500番台が落成。
北海道地区の受け入れ態勢が整うのが遅れたため、白鳥でデビューしました。
このとき、尾灯はまだ外はめ式ではなく、普通の300番台と同様のタイプでした。
この年に、運行されていた雷鳥のHMには、ローマ字が「RAICHO」のタイプと、
「RAICYO」といった2種類のHMがありました。勿論、前車の表記が正解です。

1975年、山陽新幹線博多開業のこの年に、米原を経由していた
雷鳥・北越の2列車が湖西線経由に変更され、大幅な時間短縮、
更には米原と金沢を結ぶ特急「加越」も誕生しました。
この前の年に落成していた1500番台も、北海道に移りこの年から
特急「いしかり」として運行を開始しています。

1976年、ついに485系列の最終新製番台の1000番台が登場しました。

この年を最後に、485系列の造備はストップし、
以降はさまざまな改造車両が登場することとなりました。

元々、485系列は形式区分を151系、181系より少なくすることを
目標に開発されていたのですが、国鉄末期になるとサシ改造のサロ、
JR化された後はクロ481-2000といった改造車が続々と登場。
結果的には181系を大きく上回る形式区分になってしまったりと、
バリエーション豊富な特急電車となりました。
元々、3電源対応という他には無い万能さから、
番台区分が増えることは仕方なかったのかもしれません。

元祖485系列特急とも言える雷鳥号が無くなった今でも、
485系は走り続けており、今後も長くとはいえませんが、
北陸や東北でその元気な姿を拝むことが出来るでしょう。
183系化された仲間もおり、関西地区でも一応まだ活躍を見ることが出来ます。

485系が残した功績は、今の電車にも多く受け継がれています。
かつて日本全国を駆け抜けたそのツートンの特急電車は、
今でも人々の中や、近代特急車の中で生き続けているのです。


京都総合運転所所属485系

ありがとう!!京キト485系!!450×320

FOREVER RAICHO!!

京都総合運転所には、2009年9月30日までA01~A10編成までの
9両編成10本の号計90両の485系が所属していました。

京都の485系は、初期車のキノコクーラー搭載車や、サロ格下げサハ、
モハ車から電装解除してサハにした車両が混じっており、各編成ごとに特徴があります。

A01~A06編成は1989年に「スーパー雷鳥」が運転開始したのと同時に登場した
パノラマグリーン車が大阪寄りの1号車に連結されています。

また、A07~A10編成は、パノラマ車こそ無いものの、「かがやき」「きらめき」に
連結されていたハイグレードグリーンが連結された編成があったりと、
先述の編成とも引けを取らないものでした。

ちなみに、大ムコは新造配置以来国鉄色以外の485系を有したことはありません。
それは、485系初の新造位置車両区ゆえの、意地とプライドだったのかも知れませんね。
この記録は、今や485系を有するドコの運転区でも破れなくなりました。

・・・向日町運転所のこの大きなプライドに、どこか感動するのは私だけでしょうか。

そのような歴史ある向日町の485系も、10編成あるうちの
A01・A02・A03・A04・A05・A06・A07・A08・A09・A10編成全てが廃車され、
ついに、大ムコ、京ムコ、京キト485系の歴史は終焉を迎えました。
そんな向日町485系に最大の感謝をしつつ、記事を書かせていただきました。

A01編成

A01

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2001+モハ485-504+モハ484-606+サハ481-702+
                モハ485-76+モハ484-76+モハ485-162+モハ484-264+クハ481-323


2010年のダイヤ改正前にはあまり出会いませんでしたが、
ダイヤ改正後にかなりの頻度で出会うようになり、最後に見た485系もこの編成でした。

パノラマ車はサロ489-1001より改造し、スーパー雷鳥としてデビュー。
また、2003年のパノラマ車連結時に、初めてパノラマ車がこだま色になった編成です。

モハ485-500番台は、スーパー雷鳥編成をしらさぎに転用するときに、
サロ481-2000番台からCPを移設した車両で、モハ485-504番の元はモハ485-232です。

4号車はモハ485-228を電装解除した車両です。
600番台と比べ、外見に大きな変化はありません。
ちなみにこのサハ481-702ですが、元はA09編成に連結されていました。
ユニットの組み換えが多いので、いつぐらいに交換されたのかは分かりませんが、
おそらく2009年秋頃のダイヤ改正あたりで交換されていたのだと思います。

A01編成は、シュプール号としての運用をこなすため、室内灯の減灯装置を備えています。
この編成は、2011年3月7日、小松から金沢まで。8日は金沢から大阪まで乗りました。

ダイヤ改正後、一度も動くことなく京キトに放置され、
気がつけば最後に残った京キト485系となっていました。
しかし、8月8日と、8月10日に廃車回送が行われ、京キトの485系は消滅しました

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

A01

3月11日、最終の雷鳥33号、4033Mは、このA01編成が担当。
長い汽笛を鳴らし、雷鳥号は47年の歴史に幕を閉じました。

A01編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A02編成

A02

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2002+モハ485-505+モハ484-1029+サハ481-501+
                モハ485-72+モハ484-72+モハ485-128+モハ484-232+クハ481-801


この編成ほど悔やんでも悔やみきれない編成は無いです(^^;
なんせ、数回遭遇しているにもかかわらず、一度も編成写真を撮れなかった編成です。
しかも、車番を全車撮ることができず、本当に惜しいことをしてしまった編成です・・・。

この編成の特徴は、なんといっても9号車のクハ481-801番でしょう。
簡易貫通型と呼ばれるこの車両は、雷鳥編成の中でも異彩を放っていました。
北近畿、スーパー雷鳥などの列車を経験し、最後はこの編成に連結。
現在この編成は2010年6月28日、吹田工場へ廃車回送、解体され、消滅してしまっています。

クロ481-2002は、昭和63年にサロ489-1006より改造。
また、サハ481-501番は、サロ481-66を改造し製作された車両で、
側窓を見ると窓割がサハ時代のままとなっています。

モハ485-505番は、モハ485-248番から改造されています。
モハ485-500番台は、スーパー雷鳥時代に、トイレ・洗面台の撤去、自販機設置を行い、
トイレ撤去時に一緒に撤去した床下水タンク部分にCPを移設しています。

A02

A02

A02

A02

A02

A02編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A03編成

A03

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2003+モハ485-501+モハ484-1025+サハ481-601+
                モハ485-82+モハ484-82+モハ485-211+モハ484-313+クハ481-701


こいつとの遭遇率は改正後は結構高かったと思います。
やはりこのA03編成と言えば、9号車のクハ481-701番と、サハ481-601番でしょう。
クハは、サハ489-11番から300番台と同じ形の運転台取り付け改造した車両。
サハはモハ484-333を電装解除したもので、パンタ撤去跡とクーラーが特徴的です。

クロ481-2003の種車はサロ489-1003、もうお気づきかも知れませんが、
クロ481-2000番台は全てサロ489-1000番台からの改造車です。

モハ485-501はモハ485-234から改造して誕生しています。

ダイヤ改正後、A01・A06編成と共に放置されていましたが、
6月21日、6月23日に吹田工場へ廃車回送されました。

A03

A03

A03

A03

A03

A03

A03

A03

A03

A03

A03

A03編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A04編成

A04

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2004+モハ485-502+モハ484-613+サハ481-602+
                モハ485-73+モハ484-73+モハ485-213+モハ484-315+クハ489-604


一時期物凄く遭遇率の高かった編成で、差し替え前からお気に入りの編成です。
2003年のパノラマ車が連結される前は、スカートがクリーム色という異端編成でした。
2009年秋頃、A07編成とクハを差し替え、差し替え後は489系の貫通扉残存車として、
A09編成が無くなってからグッと高い注目を浴びていました。
また、鉄道唱歌のオルゴールも、使用はしませんが搭載されていました。
ちなみに、正面左側の三相ジャンパ連結器部分が他の編成とは別形状になっています。

クロ481-2004、この車両は、サロ489-1007番からの改造で、
モハ485-502はモハ485-222、サハ481-602はモハ484-335からの改造車となっています。

日本最後の489系貫通車となり、お気に入りだった方も多いであろうこの編成は、
残念ながら3月12日のダイヤ改正を迎えることが出来ず、
2011年2月23日、2月13日の金光臨を最後に、吹田工場へ自走廃車回送されました。

A04

A04

A04

A04

A04

A04

こんな事をしたのも良き思い出です。(おい黄線の上だぞ)

A04

A04

A04

A04

クーラーも取られ、残念な姿となってしまったクハ489-604番・・・。

A04編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A05編成

A05

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2005+モハ485-503+モハ484-607+サハ481-603+
                モハ485-90+モハ484-90+モハ489-26+モハ488-211+クハ489-702


私が最初に撮影した編成であり、それ以来数回しか遭遇出来なかった編成です。
ちなみに、モハユニットに489系が入っていたのはこの編成のみで、
編成中に489系が3両、パノラマ車の種車を含めると4両と、
京キトの編成中最も489系の連結数が多い編成でした。

クハは正面から見て左側の三相ジャンパ連結器がありません。
これは、A05編成でのみ確認できた形態です。

2010年のダイヤ改正後、6両編成へ短縮されました。しかし6両での活躍は短く、
私も写真に収められていません。また、A02編成に続き廃車されてしまったので、
A02編成ほどではないものの、惜しいことをしてしまった編成です。

クロ481-2005はサロ489-1009より改造、サハ481-603は332から改造され、
クハ489-702は最後まで残っていたクハ489-700番台です。
モハ485-503はモハ485-218にCP取り付け改造で誕生しました。

A05

初めて485系を撮影したのがこれです。ここから私の追いかけが始まったのでした。

A05

A05

A05

A05編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A06編成

A06

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2101+モハ485-506+モハ484-605+サハ481-503+
                モハ485-80+モハ484-80+モハ485-190+モハ484-292+クハ481-326


この編成ほど私が出会った編成は無いでしょう。
学校帰りや、普通に撮り鉄に行く日、更には乗る日にまで現れる編成でした。
2010年の北陸旅行の時に金沢から大阪まで乗り、別の編成が来て欲しかった2011年
3月の北陸旅行の時、大阪から金沢で乗る予定の編成がこの編成だったりと、
いろいろなところでめぐり合い、そのたびに撮影していました。

編成中、特徴的なのはやはりクロ481-2101番でしょう。
他のA01~05編成までと違い、この編成はサハ481-118を改造して作ったため、
座席配置と合っていない横に大きな窓が特徴的です。

モハ485-505は、モハ485-237から、サハ481-503はサロ481-131からそれぞれ改造、
また、金沢方のクハ481-326番は、ジャンパ栓が両渡り構造で、
国鉄時代からの姿をずっと保ち続けていました。

この編成は、3月11日の雷鳥号大阪行き最終便、雷鳥8号、4008Mを担当しました。

ダイヤ改正後、臨時列車として運転されましたが、京キト485系の自走は、
この臨時列車をもって終了し、5月13日、5月16日にクモヤサンドでの廃車回送となりました。
この2日以降、京キト485系の廃車回送はクモヤサンドとなり、自走は見れなくなりました。

A06

A06

A06

A06

A06

A06

A06

A06

A06

3月27日、A06編成を使用した団体列車、『ありがとう485型』で巡る
琵琶湖一周・長浜散策の旅~江のふるさと滋賀・長浜散策~ツアー
でこのA06編成が使用されました。

遅れながら画像追加です(^^;

A06

A06

A06

クロ、サハ共に特徴的だったこの編成ですが、5月13日・5月16日に
住み慣れた向日町運転上吹田工場に廃車回送されてしまいました。

A06編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A07編成

BB67編成

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2301+モハ485-1027+モハ484-1027+サハ481-751+
                モハ485-75+モハ484-75+モハ485-186+モハ484-288+クハ481-322


A07編成時代の写真が無いため、183系BB67編成時の姿の写真で代用しています。

私が485系時代一度も遭遇しなかった編成です。
写真も、183系BB67編成時の写真しかありません・・・。

編成中に組み込まれていたサハ481-751は種車がモハ485-1029から
改造されたもので、この車両1両のみの存在でした。

また、クロ481-2300番台は、1990年にクハ481-300番台を改造して作られており、
窓と座席配置があっておらず、まるでA06編成のクロ481-2101のような車両。
この編成のクロ481-2301は、クハ481-307から改造されました。

先述の通り、この編成はA04編成とクハを交換しており、
クハ481-322が新たに9号車になりました。

なお、この交換理由は183系化に際してクロ・クハともに
方転しなければいけないのですが、クハ489は特性上方転不可なので
A04編成とクハを交換し対処するというものです。

BB編成化されてからの活躍期間は短く、塗装が国鉄色のままだったのは
本当にピンチヒッターだったという事を物語っています。

A07編成 ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A08編成

A08編成

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2302+モハ485-251+モハ484-610+サハ481-701+
                モハ485-1026+モハ484-1026+モハ485-212+モハ484-314+クハ481-324


私が非パノラマ編成に初めて出会った編成がこのA08編成でした。
このA08編成は、A07編成と同様クハ489-704をA10編成のクハ481-324と交換、
更にクハだけでなく、大阪寄りのモハ485-1003・モハ484-1003の2両もA10編成の
モハ485-251・モハ484-610と交換しています。
なお、編成中5・6号車にモハ485・484-80が組み込まれていたらしく、
いつの間にかA06編成の5・6号車モハ485・484-1026と交換されていた模様です。

クロ481-2302は、クハ481-325から改造し、誕生当初は、
かがやき・きらめき用グリーン車として金沢に配備されていました。
サハ481-701は、モハ485-227を電装解除して誕生しています。

この編成も183系化され、BB69編成として福知山へ転属しましたが、
残念なことに廃車となりました。

A08編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A09編成

A09編成

編成図
←大阪‐金沢→
クロ481-2303+モハ485-252+モハ484-611+サハ481-604+
                モハ485-1004+モハ484-1004+モハ485-141+モハ484-244+クハ481-228


A09編成は、私の1番お気に入りだった編成です。
9号車のクハ481-228は、唯一貫通扉がオリジナルの状態で残っていた車両です。

この編成には5・6号車にモハ485・484-76が組み込まれていましたが、
A01編成の5・6号車であるモハ485・484-1004と交換されています。

クロ481-2303は、クハ481-327から改造、内装工事が施されました。
しかし、外見はほとんど種車から変わっておらず、とてもグリーン車に見えません。

先述の通り、4号車にはサハ481-702が組み込まれていましたが、
A01編成のサハ481-604と交換されています。
このサハ481-604は、モハ484-331を電装解除し、パンタ撤去跡がはっきりと分かります。

この編成もA07・A08編成と同様、183系化され、BB68編成となりましたが、
廃車されてしまいました。

A09編成

A09編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

A10編成

A10編成

編成図
←大阪‐金沢→
クロ480-2301+モハ485-1003+モハ484-1003+サハ481-502+
                モハ485-81+モハ484-81+モハ485-119+モハ484-223+クハ489-704


A10編成は、雷鳥運用に付いていた姿を見ることは出来ませんでしたが、
吹田工場でこうして白鳥の幕で出会うことが出来ました。

この編成は先述の通り、A08編成とモハ2両とクハが交換されました。
また、A07~A09編成が183系化され、福知山に転属したのに対し、
この編成は最後の非パノラマ編成として京キトに残存しました。
これは、パノラマ編成の車両手配が付かない時や、臨時列車の為に残った
いわゆる波動用車両で、金光臨の運用に付いたこともあります。

ちなみに、この編成の1号車は、A07~A09編成がクハ481-300から
改造されたクロ481-2301~2303なのに対し、この1両のみは
サロ489-1005から改造されており、1988年に一度クロ480-1002となったものの、
1991年に、かがやき用クロ480-2301へ再改造されています。
サハ481-502は、サロ481-121にCPを搭載し、車番を変更し誕生しました。

波動運用後、2010年のダイヤ改正で雷鳥が1往復まで減便されるのを気に、
運用から離脱、吹田工場に回送され廃車となりました。

A10編成、ありがとう、お疲れ様、そしてさようなら・・・。

最後に

私なりに京都の485系をまとめてみました。いかがだったでしょうか?
今後も、キトの485系に何かあると随時更新します。

また、今は京都の485系のみですが、後に金沢のH編成、上沼垂のR編成、T編成も
画像をUPしていきたいと思います。(K編成は一度も遭遇しませんでしたorz)

こんな記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。

記事製作・写真:かいなん  文章の無断転載禁止

参考文献:鉄道ファン2010年5月号「特集:北陸特急ものがたり」
参考文献:鉄道ファン2011年6月号「特集:485系パーフェクト」


スポンサーサイト

« ずんちゃずんちゃ♪  |  L特急雷鳥お名残乗車 »

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://sayanagimikage.blog66.fc2.com/tb.php/221-2c45196c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

カウンター

最新記事

最新コメント

カテゴリ

リンク

月別アーカイブ

ブログパーツ

天気予報

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

最新トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。